日本共産党目黒区議会議員
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生活・法律相談

生活相談を随時、受け付けています。ご連絡ください


●法律相談

7月8日(土)

午後5時〜7時
  日本共産党本町事務所へ
   お越しください
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7月20日(木)

午後2時〜3時半
  区役所5階 日本共産党控室へ
   お越しください



朝の駅前宣伝

武蔵小山駅 火曜日 午前7時45分ごろから
西小山駅  水曜日 午前7時45分ごろから
目黒駅   木曜日 午前7時30分ごろから (石川議員と隔週)
  ※天候や仕事の都合で変更の場合があります。




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活動報告

宮城県気仙沼市に、震災救援活動に行ってきました!
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到着後、直ちに物資を行き先別に仕分け
 日本共産党目黒区議団および党地区委員会は7月30日〜8月1日、宮城県気仙沼市および女川町で震災救援活動を行い、27人が参加しました。
 29日夜、党地区委員会前に参加者が続々と集まり、区民のみなさんから寄せられた救援物資を積み込み、マイクロバスやワゴン車に分乗し、午後11時ごろ出発。首都高、東北自動車道を北上し、一関ICで自動車道を下り、一般道を気仙沼市へ。予想通り約9時間の行程を経て、現地の救援センターに到着しました。
 猛暑の中の救援活動を覚悟してましたが、現地は小雨模様の天気。懸念された豪雨もなく、涼しい3日間になりました。
 1日目の救援活動は、仮設住宅に行って物資を配布すること。早速、現地の仮設住宅に行き、集会場を借りて物資を並べました。また、現地で不足している野菜類も小分けし、住民のみなさんを待ちます。
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仮設住宅の集会室で、物資の供給の準備
 午前11時前、いよいよ住民のみなさんがいっせいに集会場内へ入り、物資を選びはじめます。この日は100人を超える人た
ちが駆け付け、1時間もたたないうちに物資は底をつきました。
 私は、住宅ローンや自動車ローンなど被災者が抱えている債務を免除することを国に求める署名に取り組みました。
 せっかくローンを組んで新しい家を購入したにもかかわらず、津波に流されて家も財産もなくし、途方に暮れている方もいました。そういった被災者のみなさんにとって、借金や債務の支払いが免除されれば、生活再建への希望も増すことになります。この日は36人の方が署名しました。
 午後は、日本共産党気仙沼市議の秋山さんの案内で、実際の被災地の状態を視察しました。
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まだ、がれきの山があちこちに
 震災から5か月近くがたち、震災直後に比べれば、がれきの撤去が進み、復興への歩みが感じられました。しかし、海の近くでは、まだ海水がひかず、悪臭も立ち込め、まだまだ元の生活に戻るまでには時間がかかると思いました。
 気仙沼漁港も大地震の影響で70センチほど地盤が沈下したそうです。大きな被害から必死に立ち直ろうとする現地のみなさんのご苦労には、たいへん頭が下がる思いでした。
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陸地の奥まで漁船が流される。津波のエネルギーは脅威
 仮設住宅は今後も建設が進んでいきますが、中には商店街やスーパーから離れているところもあり、車がなければ不便なところもあります。お年寄りの方にとっては何らかの生活援助がなければ厳しいと感じました。
 私は仮設住宅の方にトイレをお借りしましたが、トイレもたいへん狭く、足の不自由な人は出入りがたいへんです。
 7月末に、ようやく国から被災者援助金として100万円が支給されていますが、これだけでは生活再建へのめどはたちません。今後もいっそうの救援活動が必要だと感じました。。
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漁港は70センチの地盤沈下


 宮城県気仙沼市での震災救援活動の2日目は、市内の松岩中学校校庭の仮設住宅への支援。前日と同じく、仮設住宅の集会室を借りて物資の供給にあたりました。
 物資は1時間もたたないうちになくなりましたが、現地の党救援センターには、「毛布が足りない」「野菜と米が必要」など仮設住宅からの注文も寄せられ、別途、お届けに行きました。
 午後は、現地救援センターで、仮設住宅入居者のみなさんのアンケートの集計をしました。
 アンケートには、自分が住んでいた場所に戻りたいと思う半面、津波の心配のないところに居住したいといった被災者の複雑な心境も表れていました。
 また、市内に住み続けたいと思っても、就職先が確保されないなどのジレンマも感じ取られました。
 原発については、やはり福島原発の事故から近い地域でもあり、「速やかに廃止すべきだ」「できれば廃止してほしい」という回答が多くを占めていました。
 宿泊は、現地の町会会館をお借りしました。2日間、お世話になりました。ありがとうございました。


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